青山ブックセンターTwitter アカウント

101jav.com

イベント申込方法

受付は終了いたしました。

概要

日程
2013年8月11日(日)
時間
17:00~18:30
開場16:30
料金
1,050円(税込)
定員
110名様
会場
本店 大教室

電話予約は行っておりません。

お問合せ先

青山ブックセンター 本店
03-5485-5511 (10:00~22:00)

2013年8月11日(日)

『映像の歴史哲学』(みすず書房)刊行記念トークイベント

今福龍太 × 吉増剛造 「映像 ─哲学への道」

eizo-rekishi-cover

言葉のもっとも本質的な意味での「思索者」であった多木浩二が逝って2年。20世紀という歴史が刻んだ夢とカタストロフィの諸相を、映像をめぐる「視線」の問題として生涯探究しつづけた多木の思想は、奇しくも彼の死とほぼ同時に起こった震災とそれにつづく日々のなかで増殖する災厄のイメージをいま深く問い直してきます。

写真を、映画を、そしてあらゆる美的・社会的イメージを凝視しつづける先に、もっとも日常的でかつ根源的な「哲学」の地平が拓かれることを多木は示してくれました。人はみな、どこかで日常の思考と感覚からまっすぐに立ち上がるべき「哲学」を探し求め、そこへの小径を歩きつづけているのではないでしょうか? 現実の、幻影の、そして夢のイメージを媒介にして……。

多木浩二という稀有の哲学者の思考と人格の全貌を凝縮して映し出す『映像の歴史哲学』。この遺著の刊行を記念して、本書の編者である今福龍太と、映像をつうじて詩作=思索をつづける吉増剛造が、多木のいう哲学、すなわち「日常の技芸(クンスト)」の可能性を深く問いながら対話します。

吉増剛造および今福龍太による、偶発的な最新映像作品の上映も予定しています!

プロフィール

imafuku

今福龍太 いまふく りゅうた

文化人類学者、批評家。
1955年生まれ。80年代初頭よりメキシコ・カリブ海にて先住民社会やクレオール文化をめぐって人類学調査に従事。現在、東京外国語大学大学院教授、サンパウロ・カトリック大学記号学・コミュニケーション学科客員教授。同時に大学の外に遊動的な学びの場の創造を求め、2002年より巡礼型の野外学舎〈奄美自由大学〉を主宰。

著書に『荒野のロマネスク』『クレオール主義』『野生のテクノロジー』『ここではない場所』『ミニマ・グラシア』『ブラジルのホモ・ルーデンス』『群島-世界論』『身体としての書物』『レヴィ=ストロース 夜と音楽』など。多木浩二の札幌大学での集中講義をコーディネートし、今回これをもとに生まれた『映像の歴史哲学』を編集した。吉増剛造との共著に『アーキペラゴ』、多木浩二との共著に『知のケーススタディ』、東松照明との共著に『時の島々』、レヴィ=ストロースとの共著に『サンパウロへのサウダージ』などもある。

yoshimasu

吉増剛造 よします ごうぞう

詩人。
1939年生まれ。慶応義塾大学国文学科在学中より詩作を始め、64年に第一詩集『出発』を刊行。以降、たえず現代詩の最前線を切り拓く詩作品を発表するとともに、詩の朗読を伴うパフォーマンスを世界各地で行う。80年代からは銅版に言葉を打刻したオブジェや写真作品を本格的に発表し、国内外で個展を開催。

主な詩集に『黄金詩篇』『オシリス、石ノ神』『螺旋歌』『花火の家の入口で』『ごろごろ』『裸のメモ』、写真集に『表紙 omote-gami』『盲いた黄金の庭』など。2006年にデジタルビデオ作品の創作を始め、自らの映像をgozoCiné(ゴーゾーシネ)と命名。以降、撮影・語り・サウンドのすべてを一人でこなしつつ同時収録されるたぐい稀なCinéを多数発表、さまざまな機会に上映している。2009年に19作品を収録したDVD+BOOK『キセキ』を刊行。2011年には東京にて「予告する光」を開催し、映像全52作品が一挙上映された。近著に『詩学講義 無限のエコー』。

書籍内容

『映像の歴史哲学』

著者:多木浩二
編:今福龍太
ISBN:9784622077541
定価:2,940円
好評発売中!

札幌大学での「映像文化論」講義を編集して、本書は成った。ここには著者の活動の軌跡と思考のすべてが鮮やかに凝縮されている。
子供時代に生まれて初めて見たリーフェンシュタールの映画『オリンピア』にはじまり、自身が関わった写真雑誌『プロヴォーク』を中心に、中平卓馬や東松照明と共に生きてきた時代のこと、マリネッティはじめ未来派の問題性、バルトやフーコーとの出会い、そして著者の思考の核にもなったヴァルター・ベンヤミンについて。20世紀という現在を歴史的現在として捉えようとする歴史哲学の試み。

多木浩二 たき こうじ

哲学者。神戸市に生まれる。旧制第三高等学校を経て、東京大学文学部美学科を卒業。東京造形大学教授、千葉大学教授、神戸芸術工科大学客員教授などを歴任。

1960年代半ばから、建築・写真・現代美術を対象とする先鋭的な批評活動を開始。1968年、中平卓馬らと写真表現を焦点とした「思想のための挑発的資料」である雑誌『プロヴォーク』を創刊。翌年第3号で廃刊するも、その実験的試みの軌跡を編著『まずたしからしさの世界を捨てろ』(1970,田畑書店)にまとめる。思考と表現の目まぐるしい変貌の経験を自ら相対化し、写真・建築・空間・家具・書物・映像を包括的に論じた評論集『ことばのない思考』(1972,田畑書店)によって批評家としての第一歩をしるす。

現象学と記号論を駆使して人間の生と居住空間の複雑なかかわりを考察した『生きられた家』(1976,田畑書店/2001,岩波現代文庫)が最初の主著となった。この本は多木の日常経験の深まりに応じて、二度の重要な改訂が後に行われている。視線という概念を立てて芸術や文化を読み解く歴史哲学的作業を『眼の隠喩』(1982,青土社/2008,ちくま学芸文庫)にて本格的に開始。この思考の系列は、身体論や政治美学的考察と相俟って『欲望の修辞学』(1987)『もし世界の声が聴こえたら』(2002)『死の鏡』(2004)『進歩とカタストロフィ』(2005,以上青土社)『「もの」の詩学』『神話なき世界の芸術家』(1994)『シジフォスの笑い』(1997,以上岩波書店)などの著作に結晶した。日本や西欧の近代精神史を図像学的な方法で鮮かに分析した『天皇の肖像』(1988,岩波新書)やキャプテン・クック三部作『船がゆく』『船とともに』『最後の航海』(1998-2003,新書館)などもある。

1990年代半ば以降は,新書という形で諸事象の哲学的意味を論じた『ヌード写真』『都市の政治学』『戦争論』『肖像写真』(以上岩波新書)『スポーツを考える』(ちくま新書)などを次々と著した。生前最後の著作は、敬愛する四人の現代芸術家を論じた小著『表象の多面体』(2009,青土社)。没後出版として『トリノ 夢とカタストロフィーの彼方へ』(2012,BEARLIN)『視線とテクスト』(2013, 青土社)がある。